沿革

昭和31年8月11日
福岡県薬剤師会の一部会として発足。会員294名。 初代会長に松村久吉先生(九州大学医学部附属病院薬局長)が就任。 従来、福岡、北九州、筑豊、筑後の各地区でそれぞれ活発な病院薬剤師としての活動が行われていた。昭和28年9月に日本病院薬剤師会が創立され、全国の都道府県病院薬剤師会設立の機運が高まる中で発足した。講演会、講習会の開催、病院薬剤師の待遇改善等に着手。
昭和37年10月
竹内克巳先生(福岡赤十字病院薬局長)が会長代行として就任。
昭和38年8月
堀岡正義先生(九州大学医学部附属病院薬剤部長)が第8回定時総会において第2代会長に選任される。「これからの病院薬剤師の役割は、医薬品のスペシャリストとして、その有する学識と技術を全病院レベルで発揮することにある」との堀岡会長の提唱により、昭和40年福岡県内病院診療所を網羅したDrug Information(DI)組織を作った。さらに昭和45年に九州・山口地区のDI組織が完成した。
昭和38年9月
麻薬講習会を福岡県病院診療所薬剤師研修会と改称し、特別講演とセットで運営を始める。
昭和40年7月
福岡県病院薬剤師会の会誌としてDRUG INFORMATION NEWS 第1号を発刊。
昭和40年11月
第1回DI担当者講習会開催。
昭和44年6月
福岡県薬剤師会の会則を変更し、福岡県病院薬剤師会として独立。事務局を九州大学附属病院薬剤部内に置く。 福岡県病院薬剤師会から福岡県薬剤師会の役員に副会長1名、理事5名で参画し、調剤技術、薬品情報、生涯教育の事業推進に当たった。また、九州・山口ブロックの中枢として病院診療所勤務薬剤師の職能と地位の向上のため努力。
昭和44年9月
福岡県薬剤師会及び福岡県衛生部薬務課と共催で開局薬剤師調剤研修会を実施し、来るべき医薬分業の準備体制強化を図る。
昭和48年9月
第1回新採用薬剤師教育研修会を開催。翌49年以降は福岡県病院協会と共催
昭和62年5月
黒田健先生(福岡大学病院薬剤部長)が第32回定時総会において、第3代会長に選任される。「職能の本質と将来展望への深い英知が、病院薬剤師の根源でなければならぬ」との信念で行動する。
平成2年5月
青山敏信先生(九州大学医学部附属病院薬剤部長)が第35回定時総会において、第4代会長に選任される。
平成4年8月
DRUG INFORMATION NEWS 100号記念号が発刊される。
平成4年11月
永年にわたり「DRUG INFORMATION NEWS」として親しまれた会誌も今後の福岡県病院薬剤師会のさらなる発展を記念して、101号より「福岡県病院薬剤師会会誌」と名称を変更し新たなスタートとなった。歴史のある「DRUG INFORMATION NEWS」の名称は併記して残すことになった。
平成6年6月
黒田健先生(福岡大学病院薬剤部長)が第39回定時総会において、第5代会長に選出される。このとき福岡県病院薬剤師会としても会員の増加、会の発展を目指して代議員制度を取り入れることが承認された。
平成8年6月
第1回代議員会、第41回定時総会が開催される。
平成9年6月
野田浩司先生(産業医科大学病院薬剤部長)が第2回代議員会において第6代会長となる。福岡県病院薬剤師会発足以来、初めて北九州地区が事務局(産業医科大学病院薬剤部内)を担当することとなり、これを機に北九州をはじめ筑後・筑豊・福岡各地区病院薬剤師の本会への関わりがより一層活発となった。
平成11年6月
第4回代議員会および第44回定時総会において、「会則見直し委員会」による福岡県病院薬剤師会会則等の見直し案が議案として提出され承認される。 新規の委員会として薬剤管理指導業務推進委員会が発足した。
平成12年6月
大石了三先生(九州大学医学部附属病院薬剤部長)が第5回代議員会において、第7代会長に選出される。福岡県病院薬剤師会会則施行細則の一部変更により、時代に即した通常委員会の見直しが図られ承認される。これにより現在の「会誌・広報委員会」、「学術・プレアボイド報告委員会」、「生涯研修・薬剤管理指導業務推進委員会」、「中小病院対策委員会」となる。
平成24年6月
二神幸次郎先生(福岡大学病院薬剤部長)が第17回代議員会において、第8代会長に選出される。病棟薬剤業務新時代を迎え6部門の委員会「広報委員会」、「学術委員会」、「生涯研修委員会」、「中小病院委員会」、「実務実習検討委員会」、「新薬剤業務推進特別委員会」ならびに4分野の専門薬剤師研修会「オンコロジー研修会」、「感染制御研修会」、「精神科薬物療法研修会」、「妊婦授乳婦薬物療法研修会」体制を整備した。
平成27年6月
増田智先先生(九州大学医学部付属病院薬剤部長)が第20回代議員会において、第9代会長に選出される。